対人恐怖症や場面恐怖症というのは、その時その時、場面場面での価値観や社会の風潮などによって、色々な症状が見受けられ、そして時代による症状の変化も見受けられます。自分よりも地位の高い人に会う時や、会いたくない人に会う時には、対人恐怖の人は症状が現れます。刃物恐怖症の人は近くに刃物が置いてある時、不潔恐怖症の人は手を洗う時などに症状が現れてきます。しかし、そういった恐怖症を持っている方も毎回症状が出るわけではなく、出ない時もあります。では、そういった恐怖症を持つ人たちの心の中がどういう状態の時に出て、どういう状態の時出ないのでしょう。
こうした場面恐怖や対人恐怖の背景には、共通する要素として恥の恐怖といった人前で恥をかいてはいけないという気持ち、それから、適応不安といって社会生活に自分は適応できるのだろうかということが根本にあります。それが、自分は人前ではかくあるべきという自分の外側の顔への囚われとなって、神経症症状にまで陥っていくのです。対人恐怖症を発症しやすい性格には、神経質な人が挙げられます。誰にでも起こる可能性がある対人恐怖の症状を、自分だけがなる特別なことだと考えてしまい、そうした症状が自分の生活に害の有るものと思い込んで症状を起こさないようにとさらに追い込みます。そして完璧主義な正確の人も対人恐怖症を起こしやすい性格といえるでしょう。
完璧な対人関係を望むため、人に会った時に固くならないようにとか、気おくれしないようにとか、もしくは圧迫感をなるべく受けないようになどと常に思うことから、その期待と反することでますます症状を強く感じてしまいます。対人恐怖症とは、人を恐れているのではなくて、自分の欠点を人に知られて嫌われるのではないかという不安に囚われた状態なのです。対人恐怖症といった名前の付け方にも問題があると思いますが、根本的にはむしろ、極めて人に好かれたいとか認めてもらいたいという気持ちが強いようです。そのために、極度に自分の心身に敏感になっているというわけです。
対人恐怖症とは、人付き合いはこうでなければいけないというような強迫観念にもとらわれ、それができないと人に自分は嫌われるのではないかといった不安な気持ちから、対人関係に恐怖心を抱くことなどがを症状として出るのです。